2007年09月09日

河川監視カメラにポーズ?!

砂田川 河川監視カメラ映像

さて、この画像は何でしょう?
これは横浜市の河川監視カメラで撮影された自分の画像です。
右方にエンジ色のシャツの自分と自転車が見えます。

天気もよいので今度の週末に出場する「ツール・ド・ちば2007」への脚慣らしを兼ねて自転車でひとっ走りしに行こうと思い、港北区方面に向かったのですが、ふと企画を思いついたのです。

港北区の砂田川に設置されている河川監視カメラに写り、帰宅後にネットで自分の姿を見る!というものです。

横浜市では市内各所に河川監視カメラがあり、ネットでリアルタイム画像と過去画像を見られるのです。
↓横浜市の水防災情報のページ
横浜市の水防災情報ページ
横浜市河川監視カメラ画像

さて、現地に到着してカメラを探しましたが、ちっちゃいですね〜!カメラ。下の写真の左、支柱の上のほうにある小さな物体がカメラです。
しかしながら夜間でも明るく鮮明に撮影できるすぐれものです。
(画像をクリックするとカメラの拡大画像が見られます)
砂田川下橋の河川水位監視ポイント

確実に撮影されるよう10分ほど同じ位置に立っていました。
でもじっとしているのも退屈なので、川で遊んでいるカルガモを撮影したりしてました。
砂田川のカルガモ

最後に、記念にでもないですが自転車を入れて現地の写真を撮っておきました。
砂田川のKLEIN

そして2時間後、帰宅してこの思いつき企画が成功したかどうか、ワクワクドキドキしながらネットでサイトを見て・・・
“やった!写ってるぞ〜!!企画成功〜っ”
と、ひとり心の中で叫びながらほくそ笑んだのでした、、、(苦笑)

(写真:2007年9月9日撮影)
posted by 葉月 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 探訪もの

2007年08月12日

川越の田んぼでピンに出会う

田んぼの中のボウリングピン

合成写真ではありませんよ。
自転車でツーリングをしていると思わぬものに出くわすことがあります。
ここは蔵造りの町並みと川越城本丸御殿や喜多院など歴史の香りが漂う小江戸として知られる埼玉県川越市で、市街地からほど近い場所です。

まわりは田んぼばかりでボウリング場などは見あたりません。
子供のために目印になるようにと廃棄されるボウリング場のピン看板を譲り受けて自宅に置いたらしいです。
確かにこの辺り、一面の田んぼですから場所がわからなくなってしまってもおかしくありません。が、目印のためにボウリング場の巨大ピンを置くとは、発想としてはストライク!ですな〜(笑)

背後に線路の架線柱が見えますが、JR川越線が近くを通っています。もしお乗りの際は車窓から探してみてはいかがでしょうか。
余談ですが、冬場は川越線の南古谷〜指扇間で荒川を渡る鉄橋辺りからは富士山がきれいに見えます。

(写真:2005年7月23日撮影)
posted by 葉月 at 18:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 探訪もの

2007年02月09日

横浜市西区の横浜道

日の出町から戸部に向かう道路の歩道に「横浜道」と記された小さな標示板が埋め込まれているのを見つけました。
横浜道の標示

近くに「西区歴史街道」という地図付きの説明板が設置されていましたが、それによると・・・
西区には東海道、横浜道(よこはまみち)、保土ケ谷道(ほどがやみち)の3本が通っていたそうで、横浜道は東海道から開港場を結ぶ道だったということです。
標示板の図案はこの3本の道を表しているのですね。ふむふむ。

道筋は、現在の浅間下交差点で東海道から分岐して平沼橋〜戸部7丁目〜伊勢山皇大神宮裏〜野毛坂下〜吉田橋を経て開港場に至っていたそうです。
また保土ケ谷道は伊勢町商店街辺りで横浜道から分岐して東海道の保土ケ谷宿に向かっていたということで、なるほど現在の戸部や伊勢町や野毛の商店街はこれらの道沿いにあり、その人の往来によって商店街を形成したわけですね。
下の写真は、伊勢山皇大神宮裏から日の出町方向を見たところです。
現在の横浜道
(写真:2006/8/15撮影)
posted by 葉月 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 探訪もの

2007年02月05日

小机駅のイギリス積み煉瓦

横浜市にあるJR横浜線小机駅構内に、ひそかに歴史を物語っているものがあります。

JR横浜線小机駅構内

上の写真は小机駅構内ですが、さてその歴史を物語っているものはどれでしょう?
各地の駅でホームの上屋(屋根)を支える柱などに昔のレールが使われているというのはよく聞きますが、小机駅では違います。
答は、線路の下にあります。

JR横浜線小机駅構内(東神奈川方面)
↑東神奈川方面の風景(クリックで拡大)

駅構内を用水路が横切っているのですが、その水路が煉瓦積みなのです。
しかもその積み方をよ〜く見てみると「イギリス積み」ではないですかっ!

JR横浜線小机駅構内のイギリス積み煉瓦

イギリス積みというのは、明治時代の土木・鉄道建造物に使われた積み方で、煉瓦の長辺(長手)の段と短辺(小口)の段が交互に積み上がっています。
イギリス積み
↑イギリス積み

JR横浜線(当時横浜鉄道)及び小机駅の開業は1908(明治41)年ですから、その当時からずっと使われているのですね〜。
この煉瓦を発見した時は感動すら覚えましたよ。駅舎やホームは改築されても残っているものはあるもんなんだと。

ちなみに、洋風積みのイギリス積みと並んで有名なのが「フランス積み」です。
これは煉瓦の1段の中で長辺と短辺を交互に並べたものです。イギリス積みに比べると強度に劣ったため土木建築にはあまり用いられず、見た目の優美さから建物に使われたようです。
フランス積み
↑フランス積み

また、横浜のあちこちで見られるのが「ブラフ積み」という千葉県産の房州石を使用した石垣です。
ブラフとは英語で崖を意味し、明治の頃に外国人が山手の丘をブラフと呼んでこの積み方で石垣を造ったことからブラフ積みと呼ばれています。
積み方はフランス積みと似ていて、長辺と短辺を交互に並べて積んでいますが、長辺が長い石材を使っているので見た目の印象が独特です。
ブラフ積み
↑ブラフ積み

これらの洋風石積に対して昔ながらの日本の石垣の積み方は「間知(けんち)石積」と呼ばれています。今でも道路や家の石垣に使われている一般的なものですね。

煉瓦や石垣の積み方を見て街歩きするのも面白いものです。
posted by 葉月 at 13:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 探訪もの

子母口貝塚の貝殻

2007年の正月休み、近場でまだ見に行っていない史跡をぶらり探訪することにして、川崎市高津区にある「子母口貝塚しぼくちかいづか)」に行ってみました。
暖かい季節ならば愛車のロードレーサー(タイヤの細いスポーツ用自転車)にまたがり、運動不足解消を兼ねて颯爽と?出かけるところですが、暖冬とはいえこの季節は自転車で風を切ると寒いのでもう一つの愛車(車)で行くことにしました。。。

目指す子母口貝塚は、主要地方道14号市民プラザ通りの子母口交差点から溝の口方向に一つ目の信号から急坂を登り、尾根上の住宅地の細道を進んだ台地の端っこにありました。
途中に小さな案内板があるのですが、道のつながりを頭に入れて進まないと迷ってしまいそうになります。
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さて、ホントにこの道でいいのか?と訝りながら進んでいくと、行き止まりの道の左手に公園として整備された子母口貝塚を見つけました。
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台地の端にあるので眺めがよいです。
貝塚ですから、約8000年前の縄文時代の頃はすぐ近くまで海だったということですね。ということは、眼下に見える市街地は海の底だったと。
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無理矢理想像しようと思えばできなくもないですが、ここはまだ現在の海(東京湾)からまだ近い方で、当時は埼玉県の辺りまでが海だったことを考えると、時の流れと地球の動きの壮大さは計り知れないと思うのでありました。

そんな思いから覚めてふと気が付くと、足下に白いものがばらまかれているようです。ん?これはばらまかれているのではなく、貝塚の貝殻が露出しているじゃあないですかっ。
まぁ確かに貝塚ですから貝殻があって不思議じゃあないですが、一見普通の公園のような場所に当たり前のように貝殻が散乱しているとは・・・
これが約8000年前に縄文人たちが貝を食べて捨てたゴミだと思うと、なんだか親近感が湧いてきます。
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何々貝塚という史跡はあちこちに多数ありますが、このような状態の貝塚は珍しいですね。たいていは埋め戻されて標柱や説明板だけが立っていたりしますからね。ここはオススメです。

地図はこちら↓


思わぬ満足感を得たあと、この近くにある「子母口富士見台古墳」と梶ヶ谷の「西福寺古墳」そして宮前区の「馬絹古墳」を廻って帰途につきました。
posted by 葉月 at 02:08| Comment(0) | TrackBack(1) | 探訪もの